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福岡地方裁判所小倉支部 昭和62年(ワ)581号 判決 1987年11月20日

原告

澤邉昭徳

被告

高橋こずえ

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告は原告に対し金六、二二一、五九六円及び内金五、六五五、九九七円に対する昭和五九年二月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1につき仮執行の宣言

二  被告

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(1) 日時 昭和五六年一〇月八日午後六時二〇分ごろ

(2) 場所 北九州市若松区桜町一六番城水鉄工城和寮前路上

(3) 加害車 被告運転の軽四輪乗用自動車(八八北九州い七八二〇)

(4) 被害車 原告運転の普通乗用自動車(北九州五六は一三一二)

(5) 態様 若松区栄盛川方面から同区北浜方面へ向かつていた加害車が急に右転回して、対向車線を進行中の被害車前方に進行したため、加害車の左後部側面部分と被害車の右前部側面部分とが衝突した。

2  責任原因

一般に自動車の運転者は、ユーターンする場合は対向車線の車両の走行状態を確認して、対向車線を走行する車両の進行を妨害しないようにユーターンする義務があるが、加害者は、自車の後続車両の動向に気をとられて、対向車線を走る被害車に気づかないままにユーターンを始めた過失により、被害車との車間距離が不十分なまま対向車線に進入した結果被害車が急ブレーキをかけるも加害車との衝突を避けられなかつたものである。

よつて、被告は、民法七〇九条により、原告が被つた損害を賠償すべき責任がある。

3  損害受傷状況

(一) 原告は、本件事故により腰部打撲の傷害を受けた。

(二) 損害(既受領分を除く。)

(1) 後遺障害による逸失利益 金四、三九五、九九七円

<イ> 本件事故発生当時の年収二、一〇二、三〇七円、自賠法施行令による後遺障害の等級は一二級(労働能力喪失率一四パーセント)、右認定時(昭和五九年一月)から六七歳までの稼働年数は三三年間(ホフマン係数一九・一八三)。これを計算すると五、五四五、九九七円となる。

<ロ> 原告は自賠責保険より後遺障害による損害金として、二、〇九〇、〇〇〇円を受領している。このうち、慰謝料部分が八四〇、〇〇〇円であるから、逸失利益としては一、二五〇、〇〇〇円を受領していることとなる

<ハ> よつて、原告が被告に請求できる後遺障害による逸失利益は、<イ>の五、六四五、九九七円から<ロ>の一、二五〇、〇〇〇円を差し引いた四、三九五、九九七円となる。

(2) 後遺障害による慰謝料 金一、二六〇、〇〇〇円

<イ> 後遺障害一二級の慰謝料は二、一〇〇、〇〇〇円が相当である。

<ロ> すでに自賠責保険より八四〇、〇〇〇円受領している

<ハ> よつて、原告が被告に請求できる後遺障害による慰謝料は、<イ>の二、一〇〇、〇〇〇円から<ロ>の八四〇、〇〇〇円を差し引いた一、二六〇、〇〇〇円となる。

(3) 弁護士費用 金五六五、五九九円

4  よつて、原告は被告に対し、右3で算出した損害金合計六、二二一、五九六円及びこれから前記弁護士費用を控除した内金五、六五五、九九七円に対する後遺障害一二級の認定の後である昭和五九年二月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因12の事実及び同3のうち原告が後遺障害等級一二級一二号の認定を受け、自賠責保険から二、〇九〇、〇〇〇円の支払を受けている事実は認めるが、その余の事実は争う

2  本件事故は加害車の転回中の衝突事故であるところ、物損の部位、程度は、衝突車である被害車についてはフロントバンパー右端部にわずかな擦過痕を残す程度(修理費四一、七〇〇円)であり、加害車については左後側部のフエンダーにわずかな凹損が生じた程度(修理はしていない)であつて、また、加害車の運転者である被告が受傷していないことからみても、原告が腰部打撲の傷害を負つたものとは認め難く、むしろ、既存障害である第四腰椎分離症の症状が発現しているものと考えるのが相当である。

三  抗弁

損害賠償請求権は事故日より三年の経過により消滅時効にかかるところ、本件事故発生日は昭和五六年一〇月八日であり、それから三年を経過した昭和五九年一〇月八日本件損害賠償請求権は時効により消滅している。

かりに、後遺症に関する損害賠償請求権について、時効起算日を症状固定日と解するとしても、原告の腰部の頑固な神経症状の症状固定日は、進整形外科医院の後遺障害診断書(乙第一号証)によると昭和五七年一〇月三〇日であり、それから三年を経過した昭和六〇年一〇月三〇日消滅時効にかかつている。

なお、北九州市若松病院作成の昭和五八年一二月一九日付後遺障害診断書(乙第四号証)によると症状固定日は昭和五八年一二月一六日とされているが、同病院における通院治療状況をみると、昭和五七年一一月二二日から同五八年一二月一六日までの約一三か月間にわずか六日間の治療実績があるのみで、その間に症状の変化がないのであるから(乙第二、第四号証参照)、症状固定日としては進整形外科医院の認定した昭和五七年一〇月三〇日と解すべきである。

かりに、右主張が容れられず、症状固定日を昭和五八年一二月一六日と解するとしても、それから三年を経過した昭和六一年一二月一六日時効消滅している。

四  抗弁に対する答弁

抗弁は争う。

五  再抗弁

1  甲第三号証にあるとおり、本件事故により原告は後遺障害が一二級に認定され、昭和五九年四月一三日に安田火災海上保険株式会社より自賠責保険から一三四万円の損害賠償金の支いを受けている。

2  ところで、右保険会社が自賠責保険から後遺障害の損害賠償金の支払いをなす場合には、事前に加害者、即ち被告にいわゆる加害者照会をしているはずである。

そして、損害賠償金の支払いがなされたことは、被告が右加害者照会に異議を留めなかつたこと、即ち少なくとも黙示の承認をしたことを意味する。

3  保険会社の加害者照会は、通常、損害賠償金が支払われる一か月内、最大限にみても二か月内にされているはずである。だとすれば、本件では昭和五九年四月一三日に一二級の後遺障害に対する損害賠償金が支払われているから、少なくとも同年二月中旬ごろには、被告に対し、いわゆる加害者照会があつたはずである。故に、損害賠償請求権の消滅時効は、早くとも昭和五九年二月中旬ごろ、加害者の承認により、中断したと解すべきである。

4  そして、甲第二号証のとおり、原告は被告に対して昭和六一年一二月二六日に本件後遺障害について損害賠償金支払いの催告をなし、その催告後六か月内である昭和六二年六月二五日に本訴を提起したのであるから、本件損害賠償請求権は消滅時効にはかからないと解すべきである。

六  再抗弁に対する答弁

再抗弁は争う。

第三証拠

証拠関係は、記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

請求原因の点は暫く置き、抗弁及び再抗弁について判断する。

成立(原本の存在及び成立を含む。)に争いのない乙第四号証によれば、本件事故による原告の後遺障害の症状は遅くとも昭和五八年一二月一六日固定したことが認められるから、本件事故に基づく原告の損害賠償請求権は、遅くとも同日から三年を経過した昭和六一年一二月一六日の経過をもつて時効により消滅したものというべきである。(民法七二四条参照)。

原告は、被告は早くとも昭和五九年二月中旬ごろ民法一四七条三号の承認をしたから時効は中断した旨主張する。

しかしながら、承認とは、時効の利益を受けるべき当事者(本件では被告)が時効によつて権利を失うべき者(本件では原告)に対して、その権利の存在することを知つている旨の表示をすることであるところ、原告主張によつても、いわゆる加害者照会に異議を留めなかつたという被告の行為が原告に対し向けられたものでなかつたことは明らかである。また、成立(原本の存在及び成立を含む。)に争いのない乙第八号証並びに弁論の全趣旨によれば、被告は昭和五九年三月末ごろ自動車保険料率算定会自動車損害賠償責任保険小倉調査事務所から本件事故の状況及び原告への予定損害賠償額などに対する意見を求めた同月二八日付照会書の送付を受けながらこれに対しなんら回答しなかつたことが認められるが、右事故のみをもつて黙示の承認があつたものと認めることは到底できない。

そうすれば、その余の点について判断するまでもなく、被告の抗弁は理由があり、原告の再抗弁は理由がないというべきである。

よつて、原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから、これを失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 石井宏治)

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